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世に新しいものを送り出せた喜びは何ものにも代え難い


プロジェクトの始まり


事業は「人との出会いと機会をいかに活かすか」でその成否が大きく変わることがあります。


このプロジェクトも弊社代表が先方のロビーで偶然出会ったところからはじまりました。

A課長と世間話に花を咲かせていると、

「今、新規のプロジェクトが走り始めていて、御社にご相談できませんか?」

という話になりました。


代表は、

「では、今度B(過去に3か月で50センチのアウトプットを作り上げたプロジェクトを、A課長と一緒に行っている)を話聞きにいかせますね」

と軽く返事をしました。





世界最先端のプロジェクト

Bがプロジェクトの話を聞きに行くと、前代未聞、そんなことできるのか?という事業コンセプトが話されます。

「PC、ガラケー、スマホのマルチデバイス対応をするコンテンツプラットフォームビジネスを立ち上げる」

というもので、誰も当時実現していないだけでなく、技術的バックグランド、デバイスユーザーの相違など、数々のハードルが容易に予想できるものでした。


ですが、まだ誰も世に出してないものを届けるのが新規事業の醍醐味。

困難であればあるほど、燃えるのがプライマル魂です。





プライマル内でスペシャリストを集めチーム組成

上記のプラットフォームビジネスの立ち上げには、PC・スマホ技術、コンテンツ配信、ウェブマーケティング及びウェブサイト、コンテンツビジネスなどに精通したチームを組成することが重要になります。


プライマル内で、エンジニア出身者、ウェブサイト構築からマーケティングまで広く知識を有するメンバー、コンテンツビジネス立ち上げ経験者など必要な要員を集め、事業立ち上げのコアな部分を担える体制を整えました。



立ち上げは困難の連続

開発難度が高いことは当初から想定されていましたが、予想通り難航しました。


1社の開発会社では対応できない技術の幅がありましたので、複数の会社を連携して開発を推進していましたが、企業カルチャーの違いなど、そのコミュニケーションギャップがさらにプロジェクトに困難をもたらします。


とにかく、開発したいものの仕様・意図を明確にし、途中でハードルにあたったらそれを素早く修正。日中時間にミーティングを行い、夜に資料作成し、それを各開発会社にあてて再度修正、また翌日ミーティングに入る、といったサイクルをひたすら愚直に半年続けていきました。

そして、徐々に、ゆっくり、完成形が見えていきました。



コンテンツの調達交渉も困難を極めました。


当時は、エンタテイメント業界全般が配信に対して、あまり良い感情を持っていませんでした。違法に利用されたらどうする、意図通りに表現できるのか、等難題を次々提示されます。


コンテンツチームのメンバーは、まず業界の方々に信用を得るため、まずは作品・業界について徹底的に勉強するところから入りました。

仕事時間外(場合によっては仕事時間中も)はずっと作品をみたり、情報を調べネタを集め、業界の方と多少なりとも話せるレベルまで経験・知識レベルを地道な圧倒的努力によってあげていきます。


そうすると、何人か、何社か、ちゃんと話をしてくれるところが出てき始めました。業界の中でコミットする企業が出てくると、徐々に皆話を聞いてくれるようになり、コンテンツが徐々に集まってきました。





プロジェクトのローンチ

プロジェクトチームがコンテンツ、開発、マーケと機能毎に分かれていたことにより、それぞれの利害も対立しがちでした。


ケンカは日常茶飯事ですが、それだけでは前に進まないので、全員多忙な中飲みに行き、本音をぶつけ合ったりしながら、前身できる手段を日々全員で探していきました。


マネージャーの私がもらうお客様からの一番のクレームは、

「プライマル内でケンカしているからなんとかしてくれ」

でした。


そんなことを繰り返しながら、ついにローンチの日を迎えます。



ローンチした瞬間、ほぼ全員が泣いていました。

皆それぞれの分野で最先端の経験を積み、その後マネージャーになったり、起業したりしていきました。


苦労の分だけ、参加したメンバーもまた大きく成長できました。

世に新しいものを送り出せた喜びはまた大きい、と実感したプロジェクトでした。



※この記事は秘密保持のため一部フィクションが含まれています

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